科学と哲学のブログ

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説明ギャップの解消: 還元と還元的説明 – Jaegwon Kim, philosophy of mind

Jaegwon Kim, "philosophy of mind" の意識と心身問題について書かれた章(チャプター10)の読書ノート、その3です。


心を物理主義的枠組みに取り込むためには、還元(reduction)か還元的説明(reductive explanation)のどちらかができれば良いと考えられている。還元と還元的説明は区別されるべきだと一部の哲学者は主張している。還元するとは同一視(identification)することである。詳しくいうと、個別科学X(化学や心理学)における概念xが、基礎科学Y(物理学)における概念yと同一であるとするのが、xをyに還元するということである。しかし、しばしば個別科学の概念は、基礎科学において多重実現可能である。例えば、学習や記憶といった心理的概念を実行することのできる物理システムには、多様な実装方法があるであろう。人間はそれができるが、他の多くの高等生物も可能だし、人工知能でも可能である。学習や記憶ができる物理システムは多様であるが、それらに共通の物理学的性質があることを想定すべきだろうか? ひょっとしたらそうかもしれないが、そうでなければならない必然性はない。物理システムとして見たときに共通点を持たないものが、心理学的に見たときに学習や記憶といった共通の能力を持っているということはあり得る。この考察は、心理学的概念を、物理学に還元することは、同一性という意味ではできないかも知れないということを示唆している。

心理学的概念を物理学的概念に同一視することはできないとしたら、物理主義の敗北となるであろうか? そうではない。心理的概念に対して物理学の還元的説明を与えることができさえすれば良いからである。還元的説明とは、個別科学Xにおける概念xを実現しているある具体例を、基礎科学Yの具体例で説明することである。学習や記憶の例に戻れば、学習や記憶ができるある存在(ある人物や生物やAIなど)に対して、その個別の学習プロセスや記憶プロセスを物理学的に説明することが、還元的説明を与えることである。

ここで提案されている還元と還元的説明という二種類があるという説の妥当性について論点はいくつかあるが、確実に言えることは、心理・物理相関法則や、架橋法則や、心身付随関係が、還元的説明をするわけではないということである。これらの法則は確かにある種の説明を与えるが、なぜ心理と物理に相関や対応が存在しているのかという説明ギャップの問題に対して理解を与えることはできない。この相関法則こそ、説明されなければいけないものである。

では、心理・物理相関法則が、心理・物理同一性へと格上げされたとしたらどうだろうか? その場合、なぜ心理と物理が相関しているのか、という説明ギャップの問いに対する回答は、「両者は同一なのであるから、相関しているという前提が間違っている」というものになる。(あるものが自分自身と相関することはできないからである。) つまり、同一説は、還元を行うが、還元的説明にはならない。だがいずれにせよこれは説明ギャップに対する妥当な回答方法の一つである。

しかし、その同一性はどこから来たのか、という問いには別途回答されなければならない。同一説に問題があることはChapter 4で見た。あくまで言えるのは、もし同一説が正しければ、説明ギャップの問題は解消できるということである。